最優秀賞2作品と優秀賞2作品は、サイトに全文を掲載します。

また、最優秀賞の受賞者からは、受賞のことばもいただきましたので、合わせてお届けします。

 

中学生の部は最優秀賞の鈴木 琢杜さん、優秀賞のかほさん、

高校生の部は最優秀賞の西村 皓輝さん、優秀賞の岡澤 俊貴さんです。

 

なお、上記の受賞はのがしましたが、高い評価を得た作文として、

高校生の部で松原 碧さんが書いた「二分心と意識の起源」が特別賞を受賞しました。

 

みなさん、あらためまして、おめでとうございます! 

 

 

※応募者の作文は原則としてそのまま掲載していますが、表記ミスと思われるものを一部修正している場合があります。                        

 

 

 
 【中学生の部】

最優秀賞

鈴木 琢杜さん 中3

『セミ』 ショーン・タン作 岸本佐知子訳 河出書房新社

 

【受賞のことば】

 今回のコンクールで、僕の作文が最優秀賞に選ばれたことを大変光栄に思います。自分が本を読んで感じたこと、考えたことを分かりやすい文章にすることは難しかったですが、「絵本の読書感想文を書く」という挑戦をして良かったと思っています。

 この貴重な機会をくださった皆様と、素晴らしい絵本に出会えたことに、感謝したいと思います。どうもありがとうございました。

 

【作品】

 セミの「顔」

 

 皆さんは絵本についてどんなイメージをお持ちだろうか。絵がたくさん描いてあって、字が少なくて、小さな子供が読むもの?少なくとも僕はそう思っていた。しかしショーン・タンの『セミ』という絵本を読んで考えが大きく変わった。

 この絵本の主人公は高層ビルでデータ入力の仕事をするセミだ。十七年間、欠勤やミスはしたことがない。しかし昇進もしたことがなく、上司や同僚のニンゲンからは蔑ろにされている。そしていよいよ定年を迎えたセミはビルの屋上に向かうと、愚かな人間達を笑い、森へと飛び立っていく。

 最後のページを読んでゾッとした。表紙のセミの目を見るのが怖くなった。森に帰っていったセミはニンゲンのことを考えると「わらいが、とまらない」と言い、「トゥク トゥク トゥク!」と笑う。僕は会社で蔑ろにされるセミに同情していた。ニンゲンとは少し違うところもあるけれどそれもセミの個性じゃないか。それだけで差別するなんて可哀想――本当に?本当に君はそう思ったの?可哀想なセミに同情していい気分になっているだけじゃないの?森に帰っていったセミに、そう言われているような気がした。確かにそうだ。定年退職して屋上に登っていくセミを見て、自ら命を絶つつもりなのではないか、と僕は思った。しかし実際には、セミはニンゲンの生きる世界よりももっと大きな世界に飛び立っていった。置いていかれたのは僕たちニンゲンの方だった。屋上に上がるセミを見て、僕が咄嗟に自死の可能性を考えたのは無意識にセミを下に見ていたからではないか。会社で十七年間もあんな仕打ちを受けるなんて、セミには到底耐えられないだろう。セミにはこの狭い世界から飛び立つことなんてできないだろう。そう思いこんでいたのではないか。僕は相手を自分より「弱いもの」だと決めつけて、勝手に同情して、憐れんで、何の解決策も考えていなかった。僕はただ「読者として正しい反応」を無意識に追っていただけだった。これでは会社でセミを馬鹿にしていたニンゲン達と同じだ。

 これは僕たちが生きる現代社会にも同じことが言えると思う。自分よりも弱い立場にある人に同情するのは気分がいい。自分がすごく優しい人間になれた気がするから。しかし同情だけで問題は解決しないし、同情することでその人たちを「可哀想」というステレオタイプな枠に閉じ込めてしまっているのではないか。僕達が他人を憐れむとき、その人の「顔」が、みえているのだろうか。森へ飛び立っていったセミは愚かなニンゲンの問いに答えてくれるだろうか。

 

 

優秀賞

かほさん 中2

『星の王子さま』 サン=テグジュペリ作 河野万里子訳 新潮社

 

【作品】

「星に帰った王子さま」

 

 夜空では、無数の星々が笑っている。耳を澄ませば、あの鈴のような笑い声が聞こえてきそうだ。僕はあの日から、こうして星々の笑い声を聞くことが大好きになった。そして、王子さまや彼の星について考える。バラとは仲直りできたのだろうか。ヒツジはバラを食べてしまったのだろうか…。もしもヒツジがバラを食べてしまったら大変だ!そうなったら、この星々の笑い声を聞く時間が、泣き声を聞く悲しい時間になってしまう…。いや、大丈夫だ。もしも王子さまがガラスのおおいを忘れてしまっても、バラが

「ガラスのおおいをかぶせてくださる?寒くて凍え死んでしまうわ。」

と言うだろう。そして、王子さまは優しくガラスのおおいをかぶせるだろう。だから、きっと大丈夫だ。そんなことを考えていると、夜空にきらりと流れ星が流れた。まるで王子さまが「大丈夫だよ」と言っているようで、なんだか嬉しくなった。王子さまが今何をしているかは分からないけど、こうして耳を澄ますと本当に鈴のような笑い声が聞こえてきそうで、少し幸せな気持ちになる。

「きみは今、何をしているかな」

王子さまは無数の星を見つめ、そう呟く。時々王子さまは地球で出会った友達について考える。考えると、少し寂しい気分になる。だけど、ここからは五億もの泉が見える。星たちが王子さまに水を飲ませてくれるのだ。そう考えるだけでなんだか少し幸せになる。そんなことを思っていると、背後から声が聞こえてきた。

「ガラスのおおいをかぶせてくれないかしら。とても寒いわ。」

「はいはい。分かったよ。」

王子さまは少し気だるそうな表情をしつつも、優しくガラスのおおいをかぶせてあげた。

「ありがとう」

バラが少し恥ずかしがりながらこう言えば、

「どういたしまして」

と、王子さまもこう返した。

 王子さまが地球を去ったあの日。王子さまがまだぼんやりした意識のなか目を開けると、そこには懐かしい景色が広がっていた。そう、王子さまは自分の星に帰ってきたのだ。しばらくしたあと、王子さまは今までのことや、今の現状を理解した。その瞬間、王子さまは突然飛び起きた。

「あの花は!?」

この星を出発したとき、王子さまはガラスのおおいを花にかぶせなかった。

〈もしもあの花が今、嫌な思いをしていたら、ぼくが助けてあげないと!早く探さないといけない…〉

そう思ったが、王子さまが立っている三メートル程先に真っ赤で美しいバラが咲いていた。

「やっぱり、とても美しい…」

王子さまは、あまりの美しさに思わずそう呟いた。すると、

「え…」

バラの小さな声がこの静かな空間に響いた。

「なんで帰ってきたの…?」

バラの声は、あの見栄を張っていたバラの声と同じ声とは思えないほど、小さく震えていた。その一方、王子さまの声は生き生きとしていた。

「本当によかった!きみが無事でいてくれて。王子さまは、安心した様子で鈴のような声で笑った。しかし、バラは今にも泣きそうだった。

「本当にごめんね。ぼく、あのころはなんにもわかっていなかった。きみにはきみなりの愛情があった。なのに、ぼくはきみをしてくれたことじゃなくて、言葉で見てしまった。本当は、ぼくはきみに感謝の気持ちを伝えるべきだった。だけど、ぼくは逃げてしまったんだ…」

王子さまも、話すたびにどんどんさっきの笑顔は消えていった。

「ぼくは、間違っていたんだ。…ぼく、この星を去ったあとにいろいろな星に行ったんだ。その中の地球っていう星には、たくさんきみにそっくりな花があったんだ。でもね、ぼくにとってそのたくさんの花よりも、きみの方が大切なんだ!きみに費やした時間が一番大切なんだ!」

再び王子さまの声が響いた。すると、バラも安心したように少し笑った。

「わたしも、間違っていたのかもしれないわ。わたしは、あなたの優しさに甘えすぎてしまったの。わたしこそ、わがまま言ったり変な見栄をはってごめんなさい。」

こうして、王子さまとバラは無事に仲直りすることができた。まだ時々けんかをしてしまうこともあるが、時間がたてば元に戻る。

「けんかするほど仲が良い」というものだ。

 王子さまは夕日を眺めていた。すると、コンコンという音が聞こえた瞬間、バラの焦った声が響き渡った。

「ちょっと!!この羊がガラスのおおいを叩いてきますの。どうにかしてくださる?」

王子さまが振り返ると、そこにはガラスのおおいを鼻でつついている羊がいた。王子さまはすぐに羊とバラの元へ駆け寄った。

「この花を食べちゃだめだよ。この花はぼくにとってたった一つしかない大切な花だから。」

王子さまは優しく羊に教えてあげた。

「ごめんなさい。僕、この子と遊びたかっただけなんだ…。」

王子さまは、落ちこむ羊を見つめて言った。

「もしもきみが絶対にこの花を食べないなら、仲良く遊んであげてね。」

「え! いいの?」

羊は目を輝かせて言った。

「…まあ、仲良くしてあげてもいいわ。」

バラは、口では気だるそうだが、内心少し嬉しそうだった。

〈二人とも、仲良くなってくれてよかったな。…きみから、この小さい羊をもらって良かったよ〉

王子さまがそんなことを思っていると、突如遠くからバタバタと音が聞こえてきた。

「何の音かしら?」

「なんだろう…たくさん聞こえるよ!」

バラと羊は、何の音か理解していなかった。しかし、王子さまはすぐに分かった。

「渡り鳥の音だよ。」

「渡り鳥?」

羊が聞き返すと、王子さまは遠くを見つめるように言った。

「…ぼくも、あの渡り鳥と一緒に色々な星を旅したんだよ。」

王子さまが染みじみとあの時のことを思い出していると、だんだんと渡り鳥の姿が見えてきた。しかし、見えたものは渡り鳥だけではなかった。渡り鳥は男を運んでいたのだ。

 しばらくして、男は王子さまたちがいるこの星に着地した。男は、白くて地面につきそうなほど長いマントを身に付けていて、服はまるで星を映しだしたかのように輝いていた。その輝かしさに、王子さまたちは唖然としていた。しかし、そんなことはおかまいなしに男は王子さまの方へ近づいた。

「やあやあ、こんにちは。この星には、君一人しかいないのかい?」

「いや、ぼくとこの花と羊がいるよ。」

王子さまは答えた。しかし、男は「へえ…」というだけで特に興味を持たなかった。

「あの、あなたは…」

「ああ、自己紹介を忘れていたね。私は、サンセリテ・アムール。アムール王子と呼んでくれ。私は、サンセリテ星の王子でね。私の父は国王を務めているんだ。私が住んでいた星はとても大きくて…そうだな、ざっとこの星の二百倍ぐらいの大きさなんだ。人口は約四百五十人ぐらい。花や羊もたくさんいるよ。」

アムール王子は、早口で答えだした。

「そうなんだ。…その服、とても輝いているね。」

「そうだろう? これは特別な布で織られていて…」

アムール王子は、またもや早口で話しだす。

〈この人は、二番目の星にいた男と似ている。大物気どりなんだ。自分を称賛する言葉しか耳に入ってこないのだろう…〉

王子さまは、ふとここで疑問に思い、アムール王子の話に割りこんだ。

「なんでアムール王子はここに来たの?」

「え?…ああ。一人旅をしに来たんだよ…この星に来るまでにも、色々な星に行ったんだ。だが、話が合う人がいなかった。…そうだ!少しの間、ここにいさせてもらえないかい?」

「…うん。いいよ。」

こうして、アムール王子はこの星に住みつくようになった。

 アムール王子がこの星に来てから何日かたった。けれど、王子さまたちは呆れていた。理由は、アムール王子が自分の自慢話しかしないからだ。最初のうちは良かったのだが、同じ自慢話を何回も聞くと、さすがに飽きてしまったのだ。そして、今日も自慢話をしている。つまらない王子さまは、話題を変えるために、アムール王子をほめてみた。

「アムール王子がつけている指輪、とってもきれいだね。」

〈きっとまた、自分の自慢話を長々と語るのだろう…。でも、同じ話をずっと話されるよりはいいや〉

王子さまはそう思っていた。しかし、アムール王子の反応は予想外のものだった。急に話をやめ、少しうつむいていたのだ。その反応を見た王子さまは、こう問いかけた。

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。」

「どうしたの?なんでそんなに悲しそうな顔をするの?」

「君には関係ない。」

王子さまが問いかけても、アムール王子は何も話さなかった。しかし、一度質問をしたら絶対にあきらめない王子さまは、あきらめずに何回も問いかける。

「どうしたの?」

「何があったの?」

「うるさい!!」

突然、アムール王子の怒鳴り声が静かな空間に響いた。王子さまは、驚いて声が出なかった。

「…少し、ほっといてくれないか…。」

アムール王子の声は弱々しく、さっきの怒鳴り声と全く別のものだった。王子さまは、何も言えなかった。

 翌日、アムール王子は王子さまにこう伝えた。

「私は、今日この星を出ていくよ。」

「…え?」

突然すぎることに、王子さまは動揺してしまった。

「どうして?」

「…また、旅をしたいと思ったからだよ。」

その姿は、出会ったときの堂々とした姿とは全くの別人だった。

「まって!最後に聞かせて。…どうして、指輪のこと話したとき、悲しそうな顔したの?」まだあきらめていなかった王子さまは、アムール王子に聞いた。しばらくの沈黙の後、アムール王子は重い口を開けた。

「…自分が惨めだと思ったからだよ。」

またしばらくの沈黙が流れ、アムール王子は話を続けた。

「この指輪は、妻との結婚指輪なんだ。私は、ある組織に命を狙われていた。ただ、私だけなら良かった。その組織は私の妻と娘の命も狙っていたんだ。だから、私は星を出たんだ。その方が二人は命を狙われずに、安心して生きていけるからね。…しかし、気付いたんだ。私が星を出たのは、家族を守るためではなく、自分を守るためだったということに。私は、大切な家族を置いて、一人で敵から逃げた惨めな人間なんだ…。」

アムール王子の目は潤み、声は震えていた。

王子さまは何も言えなかった。王子さまの横で話を聞いているバラと羊も黙っていた。

「そして、逃げた先のこの星でも君たちに迷惑をかけてしまったね。私はただ、自分を認めてくれる人と一緒にいたかった。それだけなんだ…。このままここにいると、君たちを困らせてしまう。だから、私は今日、この星を出ていくよ。」

アムール王子は、悲しそうに笑って言った。

「じゃあ、お元気で」

「まって!」

アムール王子が王子さまたちに背をむけたとき、王子さまがアムール王子を呼び止めた。

「アムール王子は、また逃げるの?…ぼくも前、いろいろな星を旅したことがあるんだ。その時、三番目に行った星には、酒びたりの男がいたんだ。その男は、お酒を飲んでいることを恥じていて、そのことを忘れるためにお酒を飲んでいたよ。おかしいよね。ぼくには全く理解できないよ。…でも、アムール王子もこの男と同じことをしている!アムール王子は、人に迷惑をかけて(本当は迷惑なんかじゃないけど)逃げてしまうことを恥じていて、そのことを忘れるために逃げている。とっても矛盾しているよ。大人ってやっぱりすごく変だよ!」

王子さまは叫ぶように言った。

「そして、アムール王子は家族に迷惑なんてかけていなかったよ。それよりも、アムール王子がいなくなってしまったことの方が家族にとって迷惑だよ!きっと、今頃家族はとてもアムール王子を心配しているよ!」

アムール王子は何か言いかけた。しかし、王子さまは続けて話す。

「ぼくは旅をしたとき、地球という星に行ったんだ。そこには、この花がたくさんいたよ。」

王子さまは、バラを指さした。

「ぼくは、バラの花はこの世で一輪しかないと思っていたから、とても悲しかった。でも、ぼくにとって大切なのは、彼女だけだ。他の人から見たら、他のバラと同じに見えるかもしれないけれど、ぼくにとって特別なバラなんだ。ぼくは、ぼくのバラに、責任がある。」

バラは、少し照れていた。そして、王子さまは、アムール王子を真剣な表情で見つめる。

「これは、アムール王子も同じだよ。他の人から見たら、アムール王子も普通の王子様だ。でも、家族にとってアムール王子はこの世でたった一人しかいない、とっても大切な人なんだよ。」

アムール王子の瞳は潤んでいた。そして、真っ直ぐ王子さまの目を見つめた。

「私は、やっぱりこの星から出ていくよ。」

アムール王子は笑う。

「私は、私の家族に、責任がある。だから、私の星に帰ることにするよ!」

そう言うアムール王子の姿は、出会ったときよりも堂々としていて、太陽のように明るかった。そして、その明るさにつられるように王子さまも笑った。鈴のように。

〈この声、きみに届いてるかな〉

 

 

 

【高校生の部】

 

最優秀賞

西村 皓輝さん 高2

『ムーンウォーク マイケル・ジャクソン自伝』 マイケル・ジャクソン作 田中康夫訳 河出書房新社

 

【受賞のことば】

この度は、栄えある最優秀賞にご選出いただきありがとうございます。自伝を読むというのは初めての経験であったため、その分受賞を嬉しく思います。

他の人には分からない、本人の視点でのエピソードやその時の気持ちなどを読むのは、新鮮で興味深いものでした。

以前からマイケルを知っている方も知らなかった方も、彼の言葉や生き方から何か学べる事があれば幸いです。

読んでいただきありがとうございました。

 

【作品】

 およそ二年前、突然ではあったが僕はマイケルに出会って一瞬にして心を奪われ、そこからはすぐにのめり込むようになっていった。アルバムを入手したり、ライブ映像を漁っていったり、彼に関する事を調べたりしていくうちにあっという間に二年が経過した。その間、以前には知ることのなかった、彼の受けた差別、肌色の変化による批判、整形疑惑、マスコミの根も葉もない噂によるバッシングなどの、成功した人生の影に隠れた彼の苦悩を知った。そこで今一度彼が直接綴ったエピソードを読んでみたいと思い、この本を手に取った。この本は自伝ということで、亡くなってもなお世界中で有名である彼の生い立ち、家庭、仕事、心情、苦悩、成功などが他のどの媒体よりも詳しく、鮮明に書かれている。この本は六つのチャプターに分かれており、小さい頃からバンドで活躍していた子供時代から成長して世界的スーパースターになる、という時系列でその過程が書かれている。

 第一、二、三章は有名な「ジャクソン5」(後のジャクソンズ)として活動していた子供時代や青年時代について。マイケルの家庭は九人兄弟の十一人家族であった。そんな大家族を支えた両親の優しさが多々書かれていた。彼の母親は病気持ちであったが、九人の子供がいても一人一人に対してまるで一人っ子のように接して家族のために尽くし、怪我をして出血している見ず知らずの人を家に招き入れるなど、絵に描いたような親切で理想の母親として書かれていた。父親に関しては、子供時代から「ジャクソン5」という、マイケルがボーカルである男兄弟五人で結成されたバンドで、デビューから四つのシングル曲が連続で全米一位を獲得するなどスターであった子供達のお金、不動産やその他の投資といった現実的なビジネスの方面を全て取り仕切るマネージャーであった。また子供達の演奏のリハーサルを見るコーチでもあったが、非常に厳しかったらしく、演奏で下手なところを見せようものならベルトやらムチやらで殴られたというエピソードが書かれていた。彼は、自分には歌やダンスの生まれ持った才能がある事を親に認められ、自分でもそれを分かっていた。そして「僕は完璧主義者です」という言葉がこの本で何度も出てくるように、毎日練習を続け、誰よりも努力し続けていた。しかし彼自身や兄弟達が音楽で成功することが出来たのは、親の優しさ、温かさ、心尽くし、厳しさがあったからこそであると痛感し、同時に親の偉大さというものを感じた。その後この章では、子供から青年へと成長し、兄弟と共に演奏を続けて行く事でより多くの人と出会っていき、より有名になっていく事が書かれている。しかしその栄光の裏には、学校から帰ってくるやいなやスタジオに向かい、子供ならとっくに寝ていなければいけない時間まで歌っていた事。スタジオの向かいの公園で遊んでいる子供を眺めて、何も気にせずに楽しく遊ぶ子供達を羨んでいた事などの苦労があった。この本を読み、彼の子供時代は決して普通とは言えず、ほとんど無いような物であったと分かった。後に彼が出した曲「チャイルドフッド(子供時代)」の歌詞には、「人々は僕を変だと言う。なぜなら僕は子供じみた事が好きだから。でも埋め合わせる運命なんだ。知らなかった子供時代を。」という箇所があり、当時彼が感じた辛さが曲に込められていたと改めて認識した。

 第四章では、オズの魔法使いの映画「ウィズ」の撮影の際に、音楽プロデューサーのクインシー・ジョーンズと出会い、グループ活動からソロ活動へ移り変わっていく過程が書かれている。「ジャクソンズ(移籍して改名した元ジャクソン5)」のアルバムがヒットした後、彼は自分の最初のソロアルバムも出来る限り最高の仕上がりにしたいと考えていた。そして彼はクインシーと手を組み、ジャクソンズとは違うサウンドにするという狙いを定めてアルバム制作に取り掛かる。この章では主に最初のソロアルバム「オフ・ザ・ウォール」の曲一つ一つの詳細が語られていて、聞き親しんだ曲の裏話は興味深かった。また、あのビートルズのポール・マッカートニーをはじめとする多くの人々がアルバム制作に携わっていて、その人達の多くの努力があってこそアルバムが成り立っていると思い知らされた。結果的にこのアルバムはかつてないほど成功したのにも関わらず、彼はこの時期を(この本を書いた一九八八年時点で)人生で一番辛い時期であると言っていた。その後の「成功は確実に孤独をもたらす」という言葉が印象に残った。そこには「当時自分には全く親友がおらず、自分が世界で一番孤独である人間の一人と信じている。自分が誰なのか知らない人と出会いたい、自分と同じように友達を欲しがっている人を求めていた。成功すれば何でも出来ると考えるのは的外れであり、人は基本的な物を渇望する」と綴られていた。僕は彼の事を、世界中にファンを抱える大スターであり、ただそこにいるだけで騒がれる、僕達には到底手が届かない存在であると認識していたがそれは違った。やはり、彼も僕達と同じ人間であり、たとえ人から騒がれるスターであっても内心は孤独を抱えているのだなとしみじみと感じられた。「オフ・ザ・ウォール」はその年最も売れたレコードの一枚であった。しかしその年のグラミー賞では、R&B最優秀ヴォーカル賞のたった一部門だけのノミネートであり、その事は彼を落胆させるのと同時に、次のアルバム制作に向けての熱意を注がせる事となった。

 第五章では、世界一売れたアルバムとしてギネスに認定されている「スリラー」の制作、そして彼の代名詞ともいえるムーンウォークの誕生について言及されており、この本の一番の見どころとも言える。「オフ・ザ・ウォール」の次に史上最高の売り上げを記録するアルバムを目標としていたが、チームのメンバーには非現実的な望みに聞こえたのか笑われてしまう。その時の彼の「自分で自分を疑っていては、最善を尽くす事など出来ない。前と同じ事をするだけでは不十分だ。手に入れられる物は何でも手に入れるよう心がける」という言葉が胸に響いた。何事も上手くこなす為にはまず自分を信じて、更なる高みを目指す事が大切であると教わった。自分を完璧主義者と称する彼は、自信と経験を持って必死になってアルバム「スリラー」を完成させた。それからは世界を震撼させた「ビリー・ジーン」「ビート・イット」「スリラー」のミュージックビデオ制作に取り組む事となる。彼はそれを、人々がテレビに釘付けになるような最高の短編音楽映画にするため、最高のカメラマン、最高の監督、最高の照明スタッフといった業界で最も才能のある人々を探し始める。「ビリー・ジーン」では映像の中に踊りを入れるという提案で視聴者に強烈な印象を残した。そして今まで黒人の音楽を流す事のなかったMTV(アメリカのケーブルチャンネル)でこのビデオが流れる事となり、人種の壁を破る快挙を成し遂げた。「ビート・イット」はストリートギャング達の争いを思い浮かべて書いたため、ビデオには役者ではなく本物のギャングを現場に入れ、共にダンスをするという様子は大いに衝撃を与えた。今でもなお最高のミュージックビデオと称される「スリラー」は十三分にも及ぶ長編となっており、ゾンビを従えて踊るという独創的な内容は世界にとてつもないインパクトを与えた。この事は彼のプロ意識と本気が伝わってくるエピソードであった。そして、彼はモータウン(前に所属していた音楽市場)の二十五周年記念の祭典に出て、約五千万人がテレビで見ている中で「ビリー・ジーン」を演奏している時に初のムーンウォークを披露する事になった。実はムーンウォークは路上ダンサーの黒人の子供達が作り出したステップを教えてもらい、それを応用した物、最初のムーンウォークは実は上手く行かなかったなどの裏話を交えつつ、曲の間奏で初披露したムーンウォークは世界中に彼の名前を知らしめたと語っていた。この事で非常に多くの人から賛辞を受け、アルバム「スリラー」はグラミー賞で八部門を獲得し、狙い通り史上最高の売り上げを記録する事となった。ただし、ブームの代償としてプライバシーをほとんど失い、絶えず公衆の目に晒される事となった。マスコミには嘘が真実として報道されるのがしばしばで、自分のことを歪められて報道される。その事から、彼はこの本を出す事で自分に関する誤解が少しでも解ければいいとまで言っている。更にペプシのcmの撮影時には、演出である爆発の火花が頭に燃え移って後頭部に火傷を負うなど散々な目にあった。そんな事があっても、彼は兄弟達と共に五ヶ月以上にわたり、初のライブツアーである「ビクトリーツアー」で五十五回ものライブをやり切った。このツアーを経て考えた事として「結局、一番大切なのは、自分に、そして愛している人たちに対して正直である事、また、一生懸命働く事。練習を積み、努力する。出来る限り自分の才能を鍛錬し伸ばす事。自分がしている事にベストを尽くす。この世の誰よりも自分の専門分野に精通する事。」とあった。幼い頃から誰よりも努力をして鍛錬してきた彼の言葉には大いに説得力があった。

 最終章である第六章はスリラーの次のアルバム「バッド」についてやその他諸々。スリラーの大成功による大変な緊張感の中、完璧を目指し、五年もの長い時間をかけて「バッド」を制作した。結果、「スリラー」こそ超えなかったものの大ヒットを果たし、アルバムに収録されている曲のシングルが何曲もチャート入りするなどの快挙を挙げた。本の続きには、嘘を広めるマスコミに対しての不満と苦悩、大人とは違って自然で純粋な子供達に対しての愛情、自分がステージに立つ時の心情、自分はどんな人間かという問いに対しての答え、自分にとってのパフォーマンスとは何か、などが綴られてこの本は終わりを迎える。

 この本を読み終わってまず思った事は、どれだけ努力して報われても、幸せになれるとは限らないという事だ。もちろん、幸せな瞬間も多々あったが、常に監視され、自分に関して誤っている事を広められ、それを信じてしまう人達からバッシングを受けるなど不幸な事の方が上回っている風に思えた。また、終盤に子供達への愛情を語っていたが、後に児童性的虐待疑惑が提起され、無罪であったものの多くの批判を受ける事になると知っていたため、胸が痛んだのと同時に、唯一の心の拠り所であった子供達さえ利用されて叩かれる事に理不尽さを感じた。また、この本からは彼の歴史だけでなく彼の教訓も学べた。「自分を信じて最善を尽くす」や「一番大切なのは自分や愛している人達に対して正直である事」「出来る限り自分の才能を鍛錬して伸ばす事」など、これらの言葉には彼自身の魅力が詰まっているように見える。僕のこれからの人生で壁にぶつかるような事があった時は、印象に残った彼の言葉を思い出しながら、「完璧」を目指して「努力」をする事を心がけようと思わせてくれる本であった。

  

 

優秀賞

岡澤 俊貴さん 高1

『ニール・サイモン戯曲集Ⅳ』 ニール・サイモン作 鳴海四郎、酒井洋子訳 早川書房

  

【作品】

 主人公と自分

 

 ニール・サイモンは、一九二七年生まれのアメリカを代表する喜劇作家である。僕が今回読んだ戯曲集には、彼が一九八〇年代に書いた自身の自伝的三部作が収められている。彼の作品らしくコメディーではあるものの、最大の特徴は、彼の育った環境、特にユダヤ系としての出自が色濃く表れていることだ。しかし僕は主人公のユジーン・ジェロームと自分を重ね合わせ、彼の成長物語としても読んだ。

 三部作の第一作「思い出のブライトン・ビーチ」は、一九三七年のニューヨークのユダヤ系家庭が舞台である。作者の分身である主人公のユジーンは、僕と一歳違いの十五歳だ。僕が彼を自分と重ね合わせている理由の一つは、この主人公と自分に似ている所があると感じたことだ。野球が好きな所や冗談をよく言う所もそうだが、一番の共通点は物事を客観的に見がちである所だと思う。ユジーンの、物事に積極的に関わろうとしない姿勢が自分にもある気がするのだ。さて、ユジーンは両親と兄、そして夫が亡くなって引っ越して来たおばとその娘二人という六人と住んでいる。生活は豊かではないが、ある時この家で騒動が巻き起こる。きっかけはいとこのノーラがミュージカルに出演する機会を得たことなのだが、その後も次々に事件が起こり、家族の間で争いが始まってしまう。遂に、おばブランチは娘達を連れて家を出て行く決心をし、兄スタンリーも家出をしようとする。しかし、そんな状況でもユジーンは問題の当事者にはならず、一歩引いた位置から見ている印象がある。そして結局、彼らも家族としての絆を感じ、全ては元のまま収まるのだ。この甘さは、三部作の後の二作には見られない所である。

 そしてユジーンも、二作目の「ビロクシー・ブルース」では、そのままではいけなくなる。この物語では、第二次世界大戦が始まり彼も出征するのだ。舞台はミシシッピ州ビロクシーの軍の訓練場で、ユジーンは班の仲間達と共に厳しく、時に理不尽な訓練を受けることになる。ここで最重要人物の一人、エプスティンが登場する。彼はユジーンと同じくユダヤ系で、芯の通った人物であり、上官の命令に反発することもある。そんな彼を立派だと言うユジーンに対し、彼は「君は人生に突っ込み方が足りないよ。(中略)思い切ってどまん中に跳び込まなくちゃ。態度をはっきりさせなくちゃ。」と批判する。ユジーンの「客観」はここにきて「傍観」と見られてしまうのだ。また、班の仲間にユダヤ人として差別を受けたエプスティンをかばえなかったこともあり、ユジーンは「傍観者」としての自分に悩むこととなる。確かに、僕も「傍観者」でいることは自分と向き合うことから逃げているということではないかと考える時がある。この悩みを解決しなければ、自分の将来を切り拓くことはできないのだろうか。

 三作目「ブロードウェイ・バウンド」の舞台は再びブルックリンのジェローム家だ。ユジーンは復員していて、喜劇作家になろうと兄スタンリーと共にテレビ用のコントを書いている。彼のセリフに「ちょうどぼくの頭のどっかに例の人当たりのいい、おかしなガキがいるみたいで……そしてもう一方には書くやつが、怒り、敵愾心を燃やした本当の人でなしがいるみたいにね。」とあり、彼が傍観者としての自分も残しつつ、書くことで表現する作家としての新たな自分を見つけたということが分かる。つまり、彼は「人生に突っ込む」覚悟を固めたのだ。しかし、そうやって着実に目標へと歩んで行く兄弟とは裏腹に、ジェローム家は崩壊へと向かっていた。すでにおばのブランチは金持ちと再婚して娘二人と共にジェローム家を去っているが、その代わりに祖父ベンが滞在している。ブランチはベンに家を買って楽させてあげようとするが、彼はそれを拒絶するのだ。さらに、第一作では働き者の立派な父親として描かれた父ジャックも、新たな女性を見つけて妻ケートとは不和になってしまう。両親の離婚の危機にユジーンは当事者として苦しむが、彼には何もできない。そしてこの戯曲は、作家としての職を得たユジーン達兄弟が、もはや母と祖父の二人しかいなくなった家から引っ越して行く場面で終わる。せつないシーンだが、そこには希望がある。もはやただの傍観者ではないユジーンは、作家としての夢を実現するために出て行くのだ。この悲しみも乗り越えて成長して行くだろう。僕も彼のように自分の夢を見つけ、未来を切り拓いていきたい。